『風俗壊乱』反響(その19)
『日本文学』2月号に金子明雄氏の『風俗壊乱 明治国家と文芸の検閲』書評が掲載された。
「個人の表現の自由に対する国家の干渉を批判的に位置づける著者の思想的立場は明快である」としたあと、金子氏は次のように記している。
しかしながら、そのような立場の鮮明さに随伴しがちな構図の単純さからきわめて適切な距離がとられている点に本書の大きな特色がある。本書の主題は、検閲制度によって前景化する国家対文学者という対立の構図に内在するさまざまなレベルでの複雑さにあるとしても過言ではない。法制や政治過程の歴史的把握を前提にして、文芸検閲の実態を系統的に明らかにした点は本書の大きな功績の一つである。検閲制度の脅威が直接的には法的処罰それ自体にあることはもちろんだが、それがもたらす出版社側への経済的な打撃に脅威の内実を見る観点は、事前検閲や伏せ字というかたちをとった自己検閲など、検閲する側と出版社側との駆け引きの展開される場所を複数化し、場合によっては相互協力とも呼びうるその駆け引きの様態を多元化する。結果として、文芸作品の出版という事業に関わるさまざまな地点でさまざまな力の鬩ぎ合いが生じている事態が具体的に明らかになるのである。また、桂内閣の文部大臣で、一九一一(明治四四)年の「文芸委員会」設置に関与した小松原英太郎や、「都会」(生田葵山)の裁判を主導し、「大逆事件」の捜査主任となった検事小山松吉など、検閲制度を生み出し、それを運用した側への丁寧な目配りも本書の特質といえよう。
当時は季刊であった岩波の『文学』に、出歯亀事件と自然主義のリンクに注目した論文を金子氏が発表した頃、翻訳は順調に進んでいて、1996年頃には刊行できるはずだった。
予期しないさまざまの出来事で、2011年まで、翻訳の刊行は遅れてしまった。障害となった出来事は、すべて訳者たちの個人的事情をこえたものであった。翻訳刊行のお祝いの席で、ルービン先生は、刊行にいたるまでの苦労話をぜひ書いてくださいと言われた。翻訳が出たあとでは、それらは、些事となったと思っているので、胸に秘めておくことにする。
ただ、ひとつだけ書いておこう。2010年の2月から3月にかけて、全引用文献を照合する作業を続けていた。なんでそんなことをしていたのかというと、事情があって、新たに版を組む必要があり、それまでの校正を参照できなくなったからである。業務の合間をぬって、もれている文献を収集しながら、刊行されることを祈るような気持で、作業を進めていた。いま思えば、集中することができた貴重な時間であった。その際、有能なアシスタントをつとめてくれた人にあらためて感謝しておきたい。